CULTURE STAND

カルチャー多め。演劇、アニメ、美術、音楽の周辺について。

(劇)ヤリナゲ「モニカの話」について

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(劇)ヤリナゲが、演劇の話をやるときいてびっくりした。

ヤリナゲの公演は何度か見ているが、私が見たそれらの公演も、またそれ以前の公演も共通するのは所謂「社会問題」を扱っていた。この「社会問題を題材に~~」っていう書き方、本当は好きではないんですけれど、そういったほうがわかりやすいのでいまはそうしています。社会問題っていうか、なんでしょうね、脚本・演出を担当する越さんが「心にひっかかった問題」を扱っているといったほうが現実に近いですね。越さんは、自身が心から気になったことしか、題材として扱わないと思うので。それが、これまで「出生前診断」だったり「食肉」の問題だったりしただけ。それらは、越さんだけでなく、この世の中にいる現代の結構多くの人が気にしてきたし、それらの「ひっかかり」を提示された観客も、わりと多くの人が同じような選択肢のはざまで悩むんだと思う。

でも今回はなにせ「演劇」が題材。出てくる人たちは「演劇をやっている大学生や若者、と、その演劇サークルのOGたち(しかもこのOGたちは演劇団体を立ち上げた。その名も「モニカ」)」っていう。どうしたヤリナゲ。いまさらこんな青臭い芝居をやるのか、と思った。演劇サークルの人々を描いた芝居なんて、これまで死ぬほど見てきた。そのどれもが、現役の大学生や、大学出たての人たちが作る公演だった。見るたびに、演劇に関して悩む人たちの、なんというか世間の狭さみたいなものが感じられて、すごくつまらないなって思っていた覚えがある。なんというか「それは演劇をやっている人が身近にいる人にしかわからん悩みだよ」っていう突っ込みが、どの公演もぬぐえなかったんですよね。

でも、やっぱりそこはヤリナゲ。今回も、完全に「自分に返ってくる笑い」でした。全然他人事じゃないドラマがそこにある。なんでなのか全然わからないんですけれど、ヤリナゲに出てくる人たちにはみんな共感できる点があって、でもそれが全然押しつけがましくないというか…ほんと、ドラマの中でそれを見せてくれる感じがあります。うん。「え、この人こんな状況だけど、次のアクションどうするんだろ」「うわ、気まず。どうなんねんこの空気」みたいなシーンが随所に出てきて、なんというかいつのまにか前のめりになってしまうんですよね。

この話はホラーの要素もあるっていう触れ込みでした。まあそれは、本作品にある「主人公の女の子の周りから人がどんどんいなくなっていく」ていう要素ゆえの「ホラー」というカテゴリーなんですけれど、実際はこれ、所謂「夢落ち」になる。みんながいなくなっていくのは、結局はその主人公の女の子(演劇サークルOGで、同期の女子と演劇団体を立ち上げた)の悩みゆえにみてしまっていた夢の中の話だった、的なオチ。で、その悩みっていうのが結構いろいろある。と、私は思った。「同じ劇団の子がやめちゃう」とか「主宰の作る演劇が最近好かん」「でも演劇自体は続けたいし主宰のことが嫌いなのではないんだよね」とか「彼氏が最近つめたい」とか。すごく、すごく浅く書いてしまったけれど、こんな言葉では語り切れないぐじゃぐじゃした悩みが、劇のそこここでじんわり表現されている。その、じんわり加減が私はかなり好きで。ほんと、ヤリナゲの劇は押しつけがましくないんですよね。本当にいろんな劇作や小説を見てきた方でないと、あんなふうに人間のドラマをうまく見せられないと思う。下手な演劇公演では、役者がすべて口で説明してしまうっていう特徴があるんですけれど、ヤリナゲはそれが全然ない。

夢から覚めた主人公の女の子が、一人のこって部屋の中空を見つめるシーンがラストなんですけれど、あれ、なに考えてたんでしょうかね。私は「あれ、私なんかいろいろ悩んでたのかな、抱えてたのかな」ってなんとなく悟っていうような感じがしました。ほら、よく、熱だして初めて疲れていたことに気づくみたいなのありませんか? めちゃめちゃ暴飲暴食している自分に気づいて「ストレスたまってたな」みたいな。そういう、なんかこう、ある意味自分を客観視し始めているような感じがしました。彼女がラストシーンに中空で見つめていたのは、彼女自身の幻影なのかもしれませんね。

あと、個人的に「うおーさすがかよ」って思ったのは、あれですね、就活生の男の子がいるんですけれど、彼が序盤に就職試験で出されたグループワークの問題について話すんですね。「ブレーキのきかないトロッコがあって、そのまま走り続けるとその先にいる5人が死ぬ。線路の切り返しをすれば、1人が死ぬだけで済む」という状況だと、みんな1人が死ぬほうを選んでいたのに、これが「あなたが太った男を突き落としてトロッコの前に出せば、5人は助けられる」という状況になると、とたんに「命の尊厳が~」とか言い出してためらう人が出てきた。っていう、そのことに違和感を覚えたんだ、って話すんです。その就活生の子が。で、その子は実は、お母さんが病で倒れて、かつ弟が受験生っていう状況ゆえに、演劇をやめることを決めているんですね。で、その彼が、モニカの主宰に向かって「僕がいることで5人(演劇団体側)を幸せにできる状況と、2人(家族)を幸せにできる状況がある。最大幸福をとるのであれば、5人を選ぶべきなんだ」と語るシーンがあって。いやなんかもう。すげえなと。その就活生の子は、守れる命の人数は変わらないのに、自分が人の生死を左右することにかかわる状況になると「命の尊厳が~」といってためらう人を非難していたにもかかわらず、いざやはり自分ごとになると、「幸福になる、救える人数だけで判断することはできない」と痛感してしまうわけです。その、頭と心の矛盾を感じながら、モヤモヤ(これも演劇のテーマを語る中でよく出てくる言葉。この言葉もあまり好きではないけど、ついこう表現してしまう…)している。その2層にわたって彼が抱いているモヤモヤを観客が理解したときの「人間ツライ…シンドイ…」感は、はんぱじゃない。だって「ああわかるなあ」ってなるから。その就活生のモヤモヤが、自分ごとになるから。

とにかくもう、ヤリナゲは面白いですよ。ドラマがある。そして、自分に返ってくる。役と自分がどんどん接近していく。そしてぐるぐると悩んでしまう。自分でも気づかなかった悩みってあると思うんですけれど、それがヤリナゲを見ることでより輪郭がはっきりしてくるというか。ヤリナゲきっかけで、悩みやひっかかりがはっきりして、さらに自分の視座が決まってくるというか。なんだろ、「真剣十代しゃべり場」みてる感覚かな。違うか。ごめんなさい違います。

でも、実りのある演劇体験とはこういうものか、と彼らの芝居を見るたびに思ってしまうのです。そして、ヤリナゲが今回「演劇」に体当たりで挑んでくれたこと、すごくよかったと思います。だって、主宰の越さんが心からきっと一番切実にひっかかったことだから。それを「演劇がテーマの芝居なんてだせェから」とかいったような理由で見過ごさないで、真正面で取り組んでくれたから。ヤリナゲはすごく誠実、そういう点も。虚栄を張らない。好感がもてます。

あと、いつも思うのは、浅見さんすごい好きです。あの、軽薄なオトコ感が超絶妙で、めっちゃ色気があります。わたしだけかな、こう思うのは。