読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

CULTURE STAND

カルチャー多め。演劇、アニメ、美術、音楽の周辺について。

万能グローブガラパゴスダイナモス「月ろけっと」について

f:id:yomogiyomogi:20170109233517j:plain

 

こんにちは、よもぎです。

 

2017年1発目、観劇始めでいってまいりましたのは福岡の劇団「万能グローブガラパゴスダイナモス(通称"ガラパ")」の「月ろけっと」という公演です。

ガラパの芝居は2回目。「西のメリーゴーランド」以来の観劇となります。今回もその時とおなじ、下北沢は駅前劇場での公演です。

 

福岡を中心に、九州小劇場界ではNo.1といっても過言ではないほどの人気を誇るガラパのお家芸は「シチュエーションコメディ」だ。ある特定の場面・場所に、様々な人間が登場し巻き起こす悲喜こもごもを描き出すドラマジャンルである。ガラパは2005年の劇団設立以来、そのシチュエーションコメディにこだわって創作活動を続けてきた。その観る人を選ばない、ポップで、正直で、無条件におもしろい作風が支持され、九州に限らず全国にファンを増やし続けている。

 

(※以下、ネタバレあり)

「月ろけっと」の舞台は、クラシカルなロッジ風の家のリビングだ。宇宙飛行士を目指す弟・悠里を金銭的に支える姉・かもめが目を覚まし、自身の恩師・弥生と再会するシーンから幕が上がる。かもめは、勉学に励んでいたはずの弟が、仕送り金を女につぎ込んでいたことを聞きつけ、弟を問いただしに来たようである。その弟が連れてきていた見知らぬ女・マヤに、かもめが「お前は一体誰なのか?」と問うと、彼女は「悪魔です♡」とキュートに返答する。さらに、マヤの仲間で"悪魔界のTVクルー"と名乗る人々も登場。彼らは、かもめ、弥生、悠里に加え、悠里がバイトをするパソコン教室の運営者・三枝に対し、とあるゲームに挑戦させる。そのゲームとは、「願いをかなえてもらう代わりに、悪魔に寿命を渡す」というもの。かもめたちは、最初こそ寿命を渡すことに抵抗があったが、徐々に自身の夢や欲望を叶えられる快感に溺れてゆき―

 

劇団主宰であり、脚本・演出をつとめる川口氏は当日パンフレットにて「間違いというやつは、何より大事なコメディの種です。欲望に振り回されて間違っていく人々のアレコレを、笑いに包んでお届け」すると記載している。これほどまでにバカ正直に、本作品をプレゼンテーションしている当日パンフレットはないのではないかと思うほど、この言葉通りの作品である。特に、序盤~中盤ごろまでは、悠里への(同性ゆえに)叶わぬ恋心を抱いている三枝の「寿命の削りっぷり」や、悠里との距離の近づけ方の絶妙さに笑わされる。気になる人と触れたら次はその先へ、次はその先へ……と、三枝のはやる気持ちが、観客席にダイレクトに伝わる。観客たちは、叶わぬ恋へすがる三枝の姿を滑稽にみつつ、(流行りの?)ムズキュンな心持ちをもって見守るのだ。その間、駅前劇場では観客席と舞台面が混じりあい、一つになるような、きわめて"演劇的"な心地よい空間が展開される。

 

しかしながら、本公演はただのシチュエーションコメディにとどまらない。主人公・かもめは、本来は自分が夢見ていたが絶対に達成できない宇宙飛行士になるための条件が、この悪魔との取引によってクリアできることを知る。かもめはそれ以降、タガが外れたように寿命を悪魔に引き渡していってしまう。ひとしきり取引をしたのち、引き渡した寿命の長さを知ったかもめは、生に執着する醜い人間へと変貌。買い取った願いの「返品」を求めて泣き喚き、最後は多額の寿命を渡して「今日の記憶を消す」よう依頼するのだ。この時のかもめ役・横山祐香里氏の演技はまさに絶品である。欲望にまみれて自分を見失い、その後愕然として泣き叫ぶ。こういったダイナミックな演技は、ともすれば、過剰な演技となってシラケてしまいがちではあるが、横山氏の演技に観客をシラケさせる隙は一切ない。これはきっと「マジでかもめになっている」からなのだろう。「これは演技だ」という考えを観客に1mmも持たせないほどの気迫。その純度100%の演技(人はこれを"憑依"と評したりもするだろうが、彼女たちは霊感でも呪術でもなく"技"でそれをなしているのでこのように呼びたい)は、コメディを成功させるために必要な最高の要素でもある。

 

弥生役・杉山英美の好演も光る。はじめこそ、かもめの良き理解者的な立ち位置で存在していた弥生だが、かもめが悪魔との売買に溺れていくのを看過し、さらには助長させていた人物として描かれる。弥生は「人の人生を左右するのが楽しい」という感情でもって、かもめたちを"悪魔との取引沼"にいざない、沈めていったのだ。ここでもまた、人間の醜く、恐ろしい部分が表出している。最終的には「超不気味で怖い先生」になる弥生であるのだが、本性が明らかになる前までは「超穏やかで優しい先生」としてそこに存在する。その落差の大きさこそが、弥生を面白くしている最大の要因であり、杉山氏の持つ最大の魅力だ。杉山氏は、優しい⇔怖い、不気味⇔穏やかの間に広がる淵を軽々と飛び越えてゆく。本当に、"役者として"たいそう不気味な人間であると感じさせる。

 

これまでガラパは、SF要素の全くない純粋なシチュエーションコメディを作ってきた。今回のようなSF的な要素を入れ始めたのは「西のメリーゴーランド」から。川口氏はこのSF×コメディに可能性を感じているという。 王道ど真ん中のコメディを極めた川口氏が、SFという"第二の武器"を手に入れてしまったのだ。

SFとコメディという調味料を使って、これからのガラパはどんな人間模様を描き出してくれるだろう。苦くて不格好な野菜を、そのまま出すのは一流の料理人ではない。野菜の苦みは、美しくおいしく食べやすく仕上げられた料理のなかで味わってこそ、趣がある。 ガラパの作品は、そんな演劇だ。これまでも、これからも、より一層。