文化概論

カルチャー多め。演劇、アニメ、美術、音楽の周辺について。

カウントダウンジャパンの出演者も公開されたし、【勝手に「アー写」大賞】でもやるか

先日、全出演アーティストが発表された「カウントダンジャパン18/19(CDJ)」。

COUNTDOWN JAPAN 18/19、ライブアクト全出演アーティスト発表!|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

 

公式サイトには、出演するアーティストたちの紹介がずら~~~~~っと。 

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ずら~~~~~~~~~

 「こうしてみると、めちゃくちゃいろんなアー写があるな~。黒いのとか白いのとか、見やすいのとか見辛いのとか、面白いのとか面白くないのとか」

 

と思ったので、【勝手に「アー写」大賞】をやります。いろんな部門を設けてみました。 

 

ツッコミどころが多いで賞

ヤバイTシャツ屋さん

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おなじみのT。最新アー写もいい感じのカオス具合。

っていうかみんなもう見慣れてるかもしれないけど、アー写の中に文字で自分のバンド名書くっていうの、冷静に考えておかしくない??? なんのためのアー写なんだよと。文字情報に託すなよと。ピクセルで世界観を示せよと。

ヤバT、いつかキメッキメのアー写とか作ってほしいな~。

 

●FOMARE

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おい。

おいおいおい。

スノボ行く格好で海はいっとるやないか。あかんやないか。そないなことしたら。しかも3人とも結構ナチュラルに楽しそうな顔だなおい。いいな。普通に楽しそうやないか。ちょっと混ぜてほしくなってくるわ。あとで音源聞いてみますね。

 

クリープハイプ

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何してる最中???????絶妙な中腰具合だけど??????カバディ????

あと鳥。

 

私立恵比寿中学

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え?? おばあちゃんいる? 真ん中。おばあちゃんだよね? 完全に。ていうかこのアー写から溢れ出る多幸感はなに???? 実家帰りて~。

 

never young beach

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おい。

おいおいおいおい。

スキーつけて海はいっとるやないか。あかんやないか。そないなことしたら。しかも4人とも結構ナチュラルに楽しそうな顔だなおい。いいな。普通に楽しそうやないか。ちょっと混ぜてほしくなってくるわ。新曲あとで聞きます。

 

 ●阿部真央

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阿部真央さんってこんなファニーな感じの方なんでしたっけ?? ワタクシのうっすらとした記憶では女子高生のラブソングのカリスマ的な感じだったような?? いや、でもめっちゃこのアー写いいとおもう。好き。

 

キュウソネコカミ

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はいはいはい。

 

SHANK

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あれ、SHANKってなんかメロコアに近い感じのはげしめのロックバンドじゃなかったっけ。。。なんでこんなライムスターみたいな感じになってんの。

 

忘れらんねえよ

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安定の忘れ。このナイスガイは一体誰やねん(ちょっと高岩遼さんっぽい)。

 

めちゃくちゃ黒いで賞

●Kj and The Ravens

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黒い。

 

ZAZEN BOYS

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あー黒い。

 

パスピエ

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パスピエらしい黒さ。

 

●Xmas Eileen

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赤毛に目が行く黒さ。

 

●Crystal Lake

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怖い人たちしか出せない黒さ。

 

THE BACK HORN 

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バクホン兄貴かっけー。

 

バンド仲がめちゃくちゃ良さそうで楽しそうで賞

くるり

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いいよね、うん。

「自分、最後にこんな顔したのいつだろうな。」とか思っちゃうくらいいい表情。

くるり、なんかずーっとこのアー写な気がする。気に入ってるのかな。

 

●POT

このテのアー写、もう1000000000000000回くらい見たけど、結局メンバー全員がこういうことができるバンドっていいなって思っちゃう。メロコア万歳。

 

ウルフルズ

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  おっさんたち楽しそうやな。

 

●ハルカミライ

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こういいう表情もなんだかんだいいよね。普通に仲良さそう。自然体。

 

 赤い公園

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こんなにも記念撮影感満載のアー写、ありまっか??? ピースて。

新しいボーカルの方が入ったんですよね。真ん中の赤いスカートの方。そうそう、アイルネの方。どんな感じになったんだろ。

 

ただただイケてるアー写で賞

※イケてるの判断は個人的嗜好です。

 

●雨のパレード

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雨パレ感あるよね。

 

佐藤千亜妃

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ちあき様~~~~最高だよちあき様~~~~美しいよ~~~可愛いよ~~~~。

 

東京スカパラダイスオーケストラ

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宗教画かな???ってくらい構図が「「「バリッ」」」と決まりすぎていやしませんか???? 全員四方八方を向いてるのに、谷中さんだけこっちを見つめててまじドキがムネムネ。

 

Chara

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Chara姉さん・・・イカす・・・・かっこいいのにセクシー・・・。

ていうかねえ!!!!ネイルがハイヒールなのやばくない!?!?!?

 

大塚愛

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大塚愛サマもかっこいいしセクシー。なんなんだよおい。ていうかCDJ大塚愛聞けるとか軽く事件では???

(なんか女性シンガーのアー写ばっかりになっちゃったな)

 

【番外編】なんでこの2バンド並べて掲載したんだ大賞

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色味がね。色味と構図の雰囲気がね。若干のシミラー。

 

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謎の光線に刺されがち。

 

※今ページみてて気づいたわ。これ、あいうえお順で掲載してんだね。ブルエンとフレデリック、仕方なく並んじゃったんだね。

 

・・・・・・

CDJ、やっぱ豪華だなあ~。バンプがでる28日は人気やばそうですね。ていうかなんであいみょん岡崎体育もBiSHも28日にしたんだよ。人気者多くないか?????28日。

 

当日行かれる方はくれぐれもお気をつけて!

「カメラを止めるな!」の面白さをネタバレ完全無しで解説してみる

話題ですよね。見てまいりました。

 

見ている最中から、「ああこれは面白くなるやつだ、これは時が経つにつれてどんどん加速度的に面白くなるやつだ」と思いながら見ていた。し、事実その通りになった。

 

ラストシーンに映る登場人物たちを見ながら、私は彼らに、謎の「一体感」を感じていた。もちろん出演者の中に知り合いがいたわけではない。応援している役者が出ていたわけでもない。にも拘わらず、私はなぜか、登場人物たちに対して、あたたかな一体感を感じていた。なぜかとても、彼らとの心の距離が近くなったように感じたのだ。

 

私は、鑑賞後に胸に去来したこの謎の「一体感」に、「カメラを止めるな!」の面白さのヒントがあると思っている。

 

本作のあらすじはこの通りだ。

とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。​本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に 本物のゾンビが襲いかかる!​大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。
”37分ワンシーン・ワンカットで描くノンストップ・ゾンビサバイバル!”……を撮ったヤツらの話。

本作自体がゾンビ映画なのではなく、それを撮影する映画人たちの物語なのである。

 

ここでひとつ、本作を絶賛している人々に注目してみよう。芸能ニュースにもなったほど本作を称賛したのは、指原莉乃さんだ。

それに加え、「水曜日のダウンタウン」などを担当するTV番組プロデューサーの藤井健太郎さんや、おもしろ系記事を書かせたらピカイチとの呼び声高いライターのヨッピーさんなどが、同様に絶賛の声をあげている。

 

彼らには共通点がある。それは「エンターテインメントを企画して、発表している」人たちであるということだ。アイドルとして楽曲やステージを作りだしたり、TV番組を演出したり、多くの人に楽しんでもらえる記事を生み出したりしている。

 

本作は、「エンターテインメントを企画して、発表している」人たちから、すこぶる評判がいい。あくまで個人的な肌感ではあるが、これはあながち間違っていない事実であると思う。

 

彼らが行っている「エンターテインメントを企画して、発表する」という行為。これは、芸能人やTVマンなど、一部の才能がある人達だけが行えることであるように感じられるが、実はそうではない。

 

思い返して欲しい。あなたはこれまでの人生の中で、何度「本番」と呼ばれるものを体感しただろう。中学のクラス対抗合唱祭、高校の文化祭でのお化け屋敷…。なんなら、小学校の運動会の組体操だって「本番」だ。一生懸命練習してきた組体操を、ギャラリーである家族たちや、その他の学年の生徒たちに披露する。最後の5段タワーが出来上がったとき、ギャラリーたちはどよめきの声をあげながら拍手をしていたはずだ。

 

そう。タレントや芸人でなくたって、私たちには間違いなくエンターテインメントを披露した過去がある。そしてその体験に付随して、その時なんとも言えない「高揚感」や「カタルシス」、「達成感」についても記憶しているはずだ。

 

映画「カメラを止めるな!」を見終えたのちに登場人物たちに感じた一体感は、この「エンターテインメントを企画して、発表」した後に、クラスのみんなとともに感じていたなんともいえない結束感に近い。この感覚は、ただ「映画人たちの悲喜こもごもを描いた映画」をみただけでは、生まれない。なぜなら、それは「映画人たちの悲喜こもごもを描いた映画」をみただけであって、「映画人たちの悲喜こもごも」を体感したわけではないからである。

 

本作は、学生をはるか昔に卒業してしまった大人たちを魅了している。それは、かつて体感していた、エンターテインメントを作り上げた時の「高揚感」「一体感」「結束感」を、怒涛のストーリー展開とともに呼び覚ましてくれるからではないだろうか。劇中のことばを借りるなら、「出す」ではなく「出る」のである。

 

そして、本作がエンターテインメントに従事する方々を虜にしているのは、彼らが普段から得ているカタルシスを、「純度100%」のかたちで見せてくれるからではなかろうか。(彼らが日常的に作り上げているエンターテインメントには、様々な不純物もあるだろう。醜い部分も、少なからずあるはずである)

 

本作を製作したのは、演劇や映画の監督・俳優を養成するスクール「ENBUゼミナール」である。彼らは「エンターテインメントを作りあげた」際に生じる、あの感覚に憑りつかれた人たちだ。つまり、たとえるならば、ドラッグによる快楽の虜になった人々が、そのドラッグを「純度100%の一番気持ちよくなれる状態」で提供してくれているようなものなのである。

 

そりゃあ、気持ちよくもなるよね。ハマっちゃうよね。

 

まとまらないけれど、要は、なんだかそういうことな気がする。単に、ストーリー展開の巧みさだけだったら、ここまで話題になってないと思う。この快楽の部分が絡んでいるから、「カメラを止めるな!」は大人たちを魅了しているのだと思う。

本屋を始めたいひとが大切にするべき「2つの力」

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7月16日、原宿VACANTにて行われたイベント「本屋になりたい」に行ってきました。

当日登壇したのは、森岡書店の森岡督行さん、Flying Booksの山路和広さん、そして『これからの本屋』の著者であり書肆汽水域の北田博充さんの3名。

イベント趣旨としては、これから本屋を目指そうとする人たちにむけてアレコレを指南するというもの。ですが、本業界でもかなりオリジナルな活動をされているこの3名がそろって、単なる開業セミナーのようなものになるはずもなく。本というもの、本を買うという事について、多角的に考えさせられるめちゃくちゃ良いイベントでした。

以下に、記憶する限り内容をまとめていきます。

新刊書店を始めるには「取次」が不可欠

新刊書店を始めるには、まずなんといっても新しい本を仕入れる必要があります。

本を仕入れるのに手っ取り早いのが、「取次」と呼ばれる本のおろし業者と提携すること。しかし、大手の取次との口座を開くには、かなりのハードルがあるのだとか。「月収200万があること」とか「保証金が400万くらい必要」とか「連帯保証人がいないとダメ」とか…。商売を始める、っつってんのに、そんな元手ないわい、って感じですよね。

 

そこで、そういったハードルの低い小さい取次というのもあるのだそう。「子供の文化普及協会」というところは、保証金などもなく、簡単な書類だけで口座開設ができるとか。

そのほかにも、出版社から直接本を仕入れちゃうというのもOK。買い切りで8掛け(返品不可で、80%の値段で買える)くらいで仕入れられるとか。フツーに電話して仕入れるそうです。

または、あまりないらしいのですが書店から二次卸をさせてもらうという方法もあるみたいです。カフェの一角でちょっと本を売りたい、って時には書店から仕入れちゃうほうが楽かもですね。

 

このあたりの参考図書として、辻山良雄さんの「本屋、始めました」や、内沼晋太郎さんの「これからの本屋読本」が紹介されていました。

 

ちなみに、森岡書店さんは取次を使っていないそうです。「出版社の人と飲んでいて、その場で仕入れの話がきまることも。だから飲み会って大事ですよ(笑)!」と森岡さん。

古書店を始めるには、もうちょっといろんな手段がある

一方、古書店の場合は始め方が全く異なるのだとか。古本を仕入れる方法は、主に下記のようなもの。

・自分の蔵書を売る

・人から買う

ブックオフ古書店から買う(いわゆる「せどり」)

・古書組合に入って交換会という市場に行く

・外国で仕入れる(しょっちゅうはできない)

この古書組合は、入らなくてもやっていけるのだそう。(たしか下北沢の古書ビビビなんかは、組合に入っていなかったはず…)

新刊書店と古書店で一番違うのは「利益率」

お三方が口をそろえていっていたのは、「利益率が違う」ということ。

新刊の場合は、よくて7掛け、つまり定価の70%ほどの価格でしか仕入れることができません。対して古書は、数十冊まとめて1万円で仕入れた古書の中に、実は2万円で売れる本があった!などということもあるそうで、利益率的には古書店のほうが高いのだとか。

 

ここは結構意外でした。冷静に考えればわかることではありますが、なんとなく古書店って全く儲からないイメージがありましたので…。利益率の面でいえば、古書店のほうが上であるというのは大きな発見でした。

新刊書店と古書店、向いてる人/向いていない人って?

山路さん曰く、「古書店は、どんなにいい本でも1冊売れたら終わり。だから自分の売りたい棚というものが維持できない。なので、おすすめしたい本を多くの人に伝えたいなら新刊、特定のジャンルを深堀して追求したいなら古書」がよいのだそう。

 

また、新刊書店と古書店を、農耕と狩猟にわけて解説する一場面もありました。

新刊書店は、じっくりと1つの棚を作り上げて耕していく農耕民族のイメージ。対する古書店は、特定の1冊を探し求めて、まさに狩りにいく狩猟民族のイメージ。と、いえるのだそう。

 

ここでもすこし自分は意外でした。だって、街の古書店で店番をしている白髪のおじいちゃんを見ても、全然狩猟的と思えないから(笑)。B&Bの内沼さんのほうが、よっぽど意識の高い狩猟民族の感がある。でも、そうじゃないのだそうです。ここでもなるほどと感じ入ってしまいました。

本屋をやりたいけど、そんなめちゃくちゃ本の知識があるわけじゃないから超不安だよう~っていう人はどうしたらいいの?

この質問は、当日の司会進行を務めてくださったVACANTの方が出してくださいました。ナイスクエスチョンです。聞きたかった。

 

これに対するお三方の回答は、おおむね一致。「知識がないことは当然。恥じるな、学べ。」でした。

 

この世には到底読み切れない数の本があるのだから、知識がないことを憂いていてもしょうがない。お客さんから教えてもらうことも多くあるので、そこで学んでいけばよい…との力強いお言葉をいただきました。

山路さんは、「知識よりも磨いてほしいことは、感性と編集力」とのこと。どの本を選んで、どのように並べて見せるのか、というところは知識では鍛えられない。だからこそ「感性を磨くために美術館に行ったりすることもとても有効だと思う」とのこと。

 

この部分はとても救われたというか、肩の荷が下りた思いですね。知識量で焦るよりも、感性と編集力。どう選んで、どう見せるか。ここを追求していくのが大事。自分はどんな感性で、どんな編集をして、どんな本屋を目指すのか。この自問自答を繰り返し行っていくことが、本屋開業のための第一歩なのかもしれませんね。 

 

一旦この辺で。まだ続きます。

APOGEEは「たゆたう」だと思う。心が揺れて、心が蕩ける。そんな音楽。

APOGEEの音楽を一言でいうなら、「たゆたう」だと思った。

11月4日、湿り気のある空気が渋谷の街を包み込んでいた午後6時。APOGEEのワンマンライブの幕が上がった。APOGEEはほんとうにマイペースなバンドで、2009年にアルバムをリリースしてから「解散します」とも「活動休止します」ともいわずに、パタリと活動をしなくなった。その後、突如アルバムをリリースし、久々のライブを敢行……したかと思えば、またライブは数年・数か月先、までライブはおあずけ。といった具合だ。なんでもメンバーの2名が医療系の大学・大学院に進学したそうで(彼らはみな30オーバーの大卒。そのバイタイリティにもほんとうに脱帽する)、そのこともあって、頻繁に活動をすることができなかったのだそう。

会場には、20~40歳代のオトナな男女が詰めかけていた。APOGEEが最も盛んに活動していたころは、2007年~2008年ごろ。APOGEEの2013年以降のライブに足を運んだ人々の胸に去来する共通した感情は「あれ、APOGEE好きな人ってこんなにいたんだ?」ということ。一時は音楽業界から姿を消したかと思われたバンドの音楽を、こんなにも多くの人がまだ愛しているということ。求めているということ。さまざまな情報が矢継ぎ早に過ぎ去っていく現代において、純粋に「この音楽が好き、聞きたい」という固く熱い感情が存在するということ。それはもう、汚れ切ったオトナたちである僕らにとっては、奇跡といってもいいほどのことだ。WWWには、いい歳をしたオトナたちの、そんなイノセントな感情が漂っていた。

淡い淡い水色の光や、目を射るようなハッとするほどの光。そこに流れ込む、ボーカル・永野亮のそれはそれは伸びやかな声。こんな言葉は手あかがつきすぎてほんとうに使いたくないけれど、心から思う。唯一無二の声だと。

APOGEEが一音ならすとそこはもう、幻想的で、でもどこか怪しい、とことんAPOGEEな世界に早変わりしている。美しきエレクトロの音色に乗せて展開される浮遊感のある世界から、彼をひたすら待ってしまう女の執念が渦巻く危うい世界まで。APOGEEの音楽はほんとうに多彩で、多様だと思う。

それでもあえて彼らのあらゆる表現に共通項を見出すなら、「たゆたう」という言葉なのではないか。

「たゆたう」には、「①物がゆらゆら動いて定まらない。ただよう。 ②心が動揺する。ためらう。」という意味がある。彼らの楽曲には、よく「空」や「宇宙」や「星」を思わせるものがある。それらは、ほんとうに、宇宙空間を、空を、手を漕いで泳いでいるかのような音楽だ。浮遊感と、ほんの少しの高揚感。空を泳ぐとき、高揚しない人間はいないでしょう。「夜間飛行」や「Star Honey」あたりの、宇宙の広がりを感じさせるよなダイナミックで美しいサウンドと、対照的にとても感性を刺激するセンチメンタルな詩。そのコントラストこそAPOGEEの音楽の醍醐味だと思う。


Apogee - 夜間飛行


Star Honey/APOGEE

 

「たゆたう」の②の意味。「動揺する」というもの。そう。APOGEEの音楽は、心をぞわぞわさせるのだ。たんにきれいなだけじゃない。たんに壮大なだけじゃない。時には、恐ろしい予言のような歌詞もあったりする。

ほら 世界が音をたてて

二つに割れはじめて

片っ方が沈んでいくよ

片っ方に登って行けよ

ーー「ESCAPE」

心が昂揚してゆらゆら動かされること。恐怖でがくがく震えること。そのすべてが「たゆたう」であり、APOGEEの音楽といえるのではないかと思う。彼らは、海に浮かぶ小舟のように、彼らなりのゆるりとしたペースで、まさにたゆたうように音楽を作り続けてくれている。

 

ちなみに「たゆたう」は「揺蕩う」と書くそう。心が揺れて、心が蕩ける。そんな音楽です、APOGEEは。本当に大好き。 

木ノ下歌舞伎「隅田川/娘道成寺」について

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先週末に見てきましたよ、木ノ下歌舞伎。薄れゆく記憶をもとに雑文を書きますよ。

 

木ノ下歌舞伎、本当に大好きでね。「黒塚」でやられて以来、東京で見られるものは結構見ています。開場時間には絶対遅れないように駆けつけ、当日パンフレットは必ず熟読します。かなりファン。なんていうか、本当に木ノ下歌舞伎を通じて古典と心を通じ合わせられるんですよね。古典って、かなり単純なものが多くって。今回の公演もそうだけれど「子どもを連れ去られて悲しい」とか「愛する人と一緒になれなくて辛い」とか。そういうマジ超絶普遍的な感情に揺れ動く人たちの様が、ファンタジーな要素とともに描かれる。けっこう、いいもんですよ。かなりドラマチックで。歌舞伎を真正面から見に行くと、結局セリフが一言も聴き取れなくってまじつまんなかったな、ってなってしまうんですけれど、木ノ下歌舞伎は違いますよ。木ノ下歌舞伎は、歌舞伎をはじめとした古典作品を「現代演劇の舞台にのせてみたらどないなりますかね?」っていうことに常に挑戦している団体で。もう全然、歌舞伎の知識必要ないです。普通に現代演劇として見られる。古典作品気になるけれど、勉強するのがしんどいっていう人には絶対おすすめ、木ノ下歌舞伎。

 

で、今回の公演。「隅田川/娘道成寺」。なんとダンス公演ですよ。「隅田川」のほうを白神ももこさんが、「娘道成寺」のほうを、きたまりさんが踊ります。さっきも書いたように、私は木ノ下歌舞伎のドラマ性みたいなところがすごくすきなので、今回ダンス公演ということでどうかなあと思っていましたがお見事です。超よかったですよ。

まず白神ももこさんによる「隅田川」。ひとさらいに息子を連れ去られた母親が、彼の塚を隅田川で発見して、そこで息子の霊に会う。んだけれど、夜明けとともに息子の霊が消えて行ってしまって悲しい。っていうような内容。一番はじめは、現代の隅田川のクルーズ船?かなにかの船頭を務めている白神さんが登場して、現在の隅田川の観光名所をアナウンスしていくというシーンからはじまります。このシーン、すごく重要だったなって思って。なんというか、このシーンがあったことで劇場が一気に隅田川の川辺になったというか…。結構長くやってくれたんですよね。アナウンスとともにアサヒアートビルのあの金のオブジェとか、スカイツリーとかが観客の脳裏に浮かぶ。「隅田川」を思い浮かべさせるにはすごく良い時間だったなと。で、いま振り返ったら本家「隅田川」にも出てくるんですね、船頭さん。母親に息子の死を知らせる役。この辺のリンクも心憎いですよね。

 

それで、さらに印象的だったのは、母親を表す白神さんが、息子の塚にまたがるシーン。塚は三角錐のとがった部分を切り落としたような、プッチンプリンを皿に出したようなそんな形をしているんですけれど、そこにこう、上からガバッとまたがるんですよね。このシーン、息子の塚を見つけたときの様子なのか、息子(の霊)と再会を果たしたときの様子なのか、なにを表しているのかはきちんとは説明されないんですけれど、まあいずれにせよ、このね、またがり方にね、すごく母性を感じました。エロいとかっていうのでは全然なくって、なんていうのかな、なんかこう周りの目を全く気にしない覆いかぶさり方というか…子を守る母親って、こんな感じで一心不乱なんだろうなあと。体全身で抱きかかえる、覆いかぶさる。「隅田川」は"狂女物"と呼ばれているらしいんです。息子がいなくなって、結果再会できずに死んでしまって、やっと霊で再会できたと思ったのにまたいなくなってしまったという悲劇的状況をうけて狂った女を描いているから。この"狂い"は母性からくるものだったんだなあと思います。それって、きっとどんな女の人にも、男の人にさえもあるものですよね。白神さんのダンス。初見でしたがすごい見ごたえ。肉体って感じ。うん。コンテンポラリーの方の体は細すぎなくていいですよね。

 

そして「娘道成寺」。きたまりさんの迫力やばかったー。こちらの話は、ひとめぼれした男にそっけない態度をとられてブチ切れた女が、蛇に代わってしまってその男を焼き殺すというような古典がもとになっています。で、その女の化身である白拍子(踊ったり舞ったりする人)が、道成寺に戻ってくる様子を描いたのが「娘道成寺」。白拍子ということで、きたまりさんは最初、白装束のうえに赤い衣をまとったような衣装で登場するんですよね。で、だんだん踊りながら脱いでいくと。その様子がなんともまあ「蛇」っぽくて気色悪い(笑)。脱皮しているようでした。脱皮して脱皮して、だんだんと女の肌が見えてくるのが、コワイコワイ。きたまりさんのメイクや表情もすごかった。白塗りっぽい下地に、目元に赤を差す、あのメイク。これ仮に、きたまりさんが滝川クリステルみたいな顔だったら、あれ、全然似合わないし、雰囲気も出ないと思うんですよね。ダンス公演は体の運動をみるものですけれど、きたまりさんの演出はビジュアル(いやまあ体の運動もビジュアルの一個ではあるけれども、まあ所謂一般的なビジュアルって意味ね)でも楽しめた。めちゃ雰囲気でていた。目の前にいたなー。白拍子

 

今回も、古典を通じて人のいろんな感情を追体験しました。すごく豊かな時間。本当にいいですよ。木ノ下歌舞伎。夢中になれる。今後は「東海道四谷怪談」(6時間の超大作…!!!)もあるし、「心中天の網島」リクリエーション(これ初演みてギャン泣きしたやべえ公演)もあるし。楽しみすぎる。網島また観られるのやばすぎる。木ノ下歌舞伎があるから、演劇を離れられないとさえも思うのよ。楽しみだー。

(劇)ヤリナゲ「モニカの話」について

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(劇)ヤリナゲが、演劇の話をやるときいてびっくりした。

ヤリナゲの公演は何度か見ているが、私が見たそれらの公演も、またそれ以前の公演も共通するのは所謂「社会問題」を扱っていた。この「社会問題を題材に~~」っていう書き方、本当は好きではないんですけれど、そういったほうがわかりやすいのでいまはそうしています。社会問題っていうか、なんでしょうね、脚本・演出を担当する越さんが「心にひっかかった問題」を扱っているといったほうが現実に近いですね。越さんは、自身が心から気になったことしか、題材として扱わないと思うので。それが、これまで「出生前診断」だったり「食肉」の問題だったりしただけ。それらは、越さんだけでなく、この世の中にいる現代の結構多くの人が気にしてきたし、それらの「ひっかかり」を提示された観客も、わりと多くの人が同じような選択肢のはざまで悩むんだと思う。

でも今回はなにせ「演劇」が題材。出てくる人たちは「演劇をやっている大学生や若者、と、その演劇サークルのOGたち(しかもこのOGたちは演劇団体を立ち上げた。その名も「モニカ」)」っていう。どうしたヤリナゲ。いまさらこんな青臭い芝居をやるのか、と思った。演劇サークルの人々を描いた芝居なんて、これまで死ぬほど見てきた。そのどれもが、現役の大学生や、大学出たての人たちが作る公演だった。見るたびに、演劇に関して悩む人たちの、なんというか世間の狭さみたいなものが感じられて、すごくつまらないなって思っていた覚えがある。なんというか「それは演劇をやっている人が身近にいる人にしかわからん悩みだよ」っていう突っ込みが、どの公演もぬぐえなかったんですよね。

でも、やっぱりそこはヤリナゲ。今回も、完全に「自分に返ってくる笑い」でした。全然他人事じゃないドラマがそこにある。なんでなのか全然わからないんですけれど、ヤリナゲに出てくる人たちにはみんな共感できる点があって、でもそれが全然押しつけがましくないというか…ほんと、ドラマの中でそれを見せてくれる感じがあります。うん。「え、この人こんな状況だけど、次のアクションどうするんだろ」「うわ、気まず。どうなんねんこの空気」みたいなシーンが随所に出てきて、なんというかいつのまにか前のめりになってしまうんですよね。

この話はホラーの要素もあるっていう触れ込みでした。まあそれは、本作品にある「主人公の女の子の周りから人がどんどんいなくなっていく」ていう要素ゆえの「ホラー」というカテゴリーなんですけれど、実際はこれ、所謂「夢落ち」になる。みんながいなくなっていくのは、結局はその主人公の女の子(演劇サークルOGで、同期の女子と演劇団体を立ち上げた)の悩みゆえにみてしまっていた夢の中の話だった、的なオチ。で、その悩みっていうのが結構いろいろある。と、私は思った。「同じ劇団の子がやめちゃう」とか「主宰の作る演劇が最近好かん」「でも演劇自体は続けたいし主宰のことが嫌いなのではないんだよね」とか「彼氏が最近つめたい」とか。すごく、すごく浅く書いてしまったけれど、こんな言葉では語り切れないぐじゃぐじゃした悩みが、劇のそこここでじんわり表現されている。その、じんわり加減が私はかなり好きで。ほんと、ヤリナゲの劇は押しつけがましくないんですよね。本当にいろんな劇作や小説を見てきた方でないと、あんなふうに人間のドラマをうまく見せられないと思う。下手な演劇公演では、役者がすべて口で説明してしまうっていう特徴があるんですけれど、ヤリナゲはそれが全然ない。

夢から覚めた主人公の女の子が、一人のこって部屋の中空を見つめるシーンがラストなんですけれど、あれ、なに考えてたんでしょうかね。私は「あれ、私なんかいろいろ悩んでたのかな、抱えてたのかな」ってなんとなく悟っていうような感じがしました。ほら、よく、熱だして初めて疲れていたことに気づくみたいなのありませんか? めちゃめちゃ暴飲暴食している自分に気づいて「ストレスたまってたな」みたいな。そういう、なんかこう、ある意味自分を客観視し始めているような感じがしました。彼女がラストシーンに中空で見つめていたのは、彼女自身の幻影なのかもしれませんね。

あと、個人的に「うおーさすがかよ」って思ったのは、あれですね、就活生の男の子がいるんですけれど、彼が序盤に就職試験で出されたグループワークの問題について話すんですね。「ブレーキのきかないトロッコがあって、そのまま走り続けるとその先にいる5人が死ぬ。線路の切り返しをすれば、1人が死ぬだけで済む」という状況だと、みんな1人が死ぬほうを選んでいたのに、これが「あなたが太った男を突き落としてトロッコの前に出せば、5人は助けられる」という状況になると、とたんに「命の尊厳が~」とか言い出してためらう人が出てきた。っていう、そのことに違和感を覚えたんだ、って話すんです。その就活生の子が。で、その子は実は、お母さんが病で倒れて、かつ弟が受験生っていう状況ゆえに、演劇をやめることを決めているんですね。で、その彼が、モニカの主宰に向かって「僕がいることで5人(演劇団体側)を幸せにできる状況と、2人(家族)を幸せにできる状況がある。最大幸福をとるのであれば、5人を選ぶべきなんだ」と語るシーンがあって。いやなんかもう。すげえなと。その就活生の子は、守れる命の人数は変わらないのに、自分が人の生死を左右することにかかわる状況になると「命の尊厳が~」といってためらう人を非難していたにもかかわらず、いざやはり自分ごとになると、「幸福になる、救える人数だけで判断することはできない」と痛感してしまうわけです。その、頭と心の矛盾を感じながら、モヤモヤ(これも演劇のテーマを語る中でよく出てくる言葉。この言葉もあまり好きではないけど、ついこう表現してしまう…)している。その2層にわたって彼が抱いているモヤモヤを観客が理解したときの「人間ツライ…シンドイ…」感は、はんぱじゃない。だって「ああわかるなあ」ってなるから。その就活生のモヤモヤが、自分ごとになるから。

とにかくもう、ヤリナゲは面白いですよ。ドラマがある。そして、自分に返ってくる。役と自分がどんどん接近していく。そしてぐるぐると悩んでしまう。自分でも気づかなかった悩みってあると思うんですけれど、それがヤリナゲを見ることでより輪郭がはっきりしてくるというか。ヤリナゲきっかけで、悩みやひっかかりがはっきりして、さらに自分の視座が決まってくるというか。なんだろ、「真剣十代しゃべり場」みてる感覚かな。違うか。ごめんなさい違います。

でも、実りのある演劇体験とはこういうものか、と彼らの芝居を見るたびに思ってしまうのです。そして、ヤリナゲが今回「演劇」に体当たりで挑んでくれたこと、すごくよかったと思います。だって、主宰の越さんが心からきっと一番切実にひっかかったことだから。それを「演劇がテーマの芝居なんてだせェから」とかいったような理由で見過ごさないで、真正面で取り組んでくれたから。ヤリナゲはすごく誠実、そういう点も。虚栄を張らない。好感がもてます。

あと、いつも思うのは、浅見さんすごい好きです。あの、軽薄なオトコ感が超絶妙で、めっちゃ色気があります。わたしだけかな、こう思うのは。

万能グローブガラパゴスダイナモス「月ろけっと」について

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こんにちは、よもぎです。

 

2017年1発目、観劇始めでいってまいりましたのは福岡の劇団「万能グローブガラパゴスダイナモス(通称"ガラパ")」の「月ろけっと」という公演です。

ガラパの芝居は2回目。「西のメリーゴーランド」以来の観劇となります。今回もその時とおなじ、下北沢は駅前劇場での公演です。

 

福岡を中心に、九州小劇場界ではNo.1といっても過言ではないほどの人気を誇るガラパのお家芸は「シチュエーションコメディ」だ。ある特定の場面・場所に、様々な人間が登場し巻き起こす悲喜こもごもを描き出すドラマジャンルである。ガラパは2005年の劇団設立以来、そのシチュエーションコメディにこだわって創作活動を続けてきた。その観る人を選ばない、ポップで、正直で、無条件におもしろい作風が支持され、九州に限らず全国にファンを増やし続けている。

 

(※以下、ネタバレあり)

「月ろけっと」の舞台は、クラシカルなロッジ風の家のリビングだ。宇宙飛行士を目指す弟・悠里を金銭的に支える姉・かもめが目を覚まし、自身の恩師・弥生と再会するシーンから幕が上がる。かもめは、勉学に励んでいたはずの弟が、仕送り金を女につぎ込んでいたことを聞きつけ、弟を問いただしに来たようである。その弟が連れてきていた見知らぬ女・マヤに、かもめが「お前は一体誰なのか?」と問うと、彼女は「悪魔です♡」とキュートに返答する。さらに、マヤの仲間で"悪魔界のTVクルー"と名乗る人々も登場。彼らは、かもめ、弥生、悠里に加え、悠里がバイトをするパソコン教室の運営者・三枝に対し、とあるゲームに挑戦させる。そのゲームとは、「願いをかなえてもらう代わりに、悪魔に寿命を渡す」というもの。かもめたちは、最初こそ寿命を渡すことに抵抗があったが、徐々に自身の夢や欲望を叶えられる快感に溺れてゆき―

 

劇団主宰であり、脚本・演出をつとめる川口氏は当日パンフレットにて「間違いというやつは、何より大事なコメディの種です。欲望に振り回されて間違っていく人々のアレコレを、笑いに包んでお届け」すると記載している。これほどまでにバカ正直に、本作品をプレゼンテーションしている当日パンフレットはないのではないかと思うほど、この言葉通りの作品である。特に、序盤~中盤ごろまでは、悠里への(同性ゆえに)叶わぬ恋心を抱いている三枝の「寿命の削りっぷり」や、悠里との距離の近づけ方の絶妙さに笑わされる。気になる人と触れたら次はその先へ、次はその先へ……と、三枝のはやる気持ちが、観客席にダイレクトに伝わる。観客たちは、叶わぬ恋へすがる三枝の姿を滑稽にみつつ、(流行りの?)ムズキュンな心持ちをもって見守るのだ。その間、駅前劇場では観客席と舞台面が混じりあい、一つになるような、きわめて"演劇的"な心地よい空間が展開される。

 

しかしながら、本公演はただのシチュエーションコメディにとどまらない。主人公・かもめは、本来は自分が夢見ていたが絶対に達成できない宇宙飛行士になるための条件が、この悪魔との取引によってクリアできることを知る。かもめはそれ以降、タガが外れたように寿命を悪魔に引き渡していってしまう。ひとしきり取引をしたのち、引き渡した寿命の長さを知ったかもめは、生に執着する醜い人間へと変貌。買い取った願いの「返品」を求めて泣き喚き、最後は多額の寿命を渡して「今日の記憶を消す」よう依頼するのだ。この時のかもめ役・横山祐香里氏の演技はまさに絶品である。欲望にまみれて自分を見失い、その後愕然として泣き叫ぶ。こういったダイナミックな演技は、ともすれば、過剰な演技となってシラケてしまいがちではあるが、横山氏の演技に観客をシラケさせる隙は一切ない。これはきっと「マジでかもめになっている」からなのだろう。「これは演技だ」という考えを観客に1mmも持たせないほどの気迫。その純度100%の演技(人はこれを"憑依"と評したりもするだろうが、彼女たちは霊感でも呪術でもなく"技"でそれをなしているのでこのように呼びたい)は、コメディを成功させるために必要な最高の要素でもある。

 

弥生役・杉山英美の好演も光る。はじめこそ、かもめの良き理解者的な立ち位置で存在していた弥生だが、かもめが悪魔との売買に溺れていくのを看過し、さらには助長させていた人物として描かれる。弥生は「人の人生を左右するのが楽しい」という感情でもって、かもめたちを"悪魔との取引沼"にいざない、沈めていったのだ。ここでもまた、人間の醜く、恐ろしい部分が表出している。最終的には「超不気味で怖い先生」になる弥生であるのだが、本性が明らかになる前までは「超穏やかで優しい先生」としてそこに存在する。その落差の大きさこそが、弥生を面白くしている最大の要因であり、杉山氏の持つ最大の魅力だ。杉山氏は、優しい⇔怖い、不気味⇔穏やかの間に広がる淵を軽々と飛び越えてゆく。本当に、"役者として"たいそう不気味な人間であると感じさせる。

 

これまでガラパは、SF要素の全くない純粋なシチュエーションコメディを作ってきた。今回のようなSF的な要素を入れ始めたのは「西のメリーゴーランド」から。川口氏はこのSF×コメディに可能性を感じているという。 王道ど真ん中のコメディを極めた川口氏が、SFという"第二の武器"を手に入れてしまったのだ。

SFとコメディという調味料を使って、これからのガラパはどんな人間模様を描き出してくれるだろう。苦くて不格好な野菜を、そのまま出すのは一流の料理人ではない。野菜の苦みは、美しくおいしく食べやすく仕上げられた料理のなかで味わってこそ、趣がある。 ガラパの作品は、そんな演劇だ。これまでも、これからも、より一層。